ともしび/夫に従い日常を大事にしてきた妻の行く先

感想は分かれそう。


◆制作
原題:Hannah 2017年 フランス・イタリア・ベルギー
第74回ベネチア国際映画祭で主演女優賞を受賞。

◆キャスト
アンナ(シャーロット・ランプリング)
アンナの夫(アンドレ・ウィルム)

◆あらすじ
夫と共に慎ましく暮らしていたアンナは、夫が犯した罪により人生の歯車が狂い始める。人生の終盤に平穏な日常と家族を奪われたアンナが、再び生きなおしを図るまでを描き出す。

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私は好き。はっきりと描かれてないあたりが想像力を掻き立てる。他に「まぼろし」「さざなみ」とか作品があったらしいのだけど、AmazonPrimeVideoの扱いが終わってた。観ることが出来なかったのが残念。

アンナの夫が犯した罪ははっきりと描かれてはいない。が、多分性犯罪だと思う。しかも少女への性犯罪。

アンナが夫と面会した時「ここで生き抜く自信がない」「やったと思われてる」と言っている。性犯罪、それも子供への犯罪は刑務所では一番嫌われるという。夫本人に罪の意識がないのは、性犯罪の特徴のような気がする。

アンナが息子夫婦に会いに行ったとき、孫はおばあちゃんと懐くが息子は帰れという。幼い孫に話せない犯罪なのかも。

そしてもう1つの台詞、アンナが「ミシェルも会いにくるわよ」と言った時の夫の返事。「あいつは許さん。お前も許すんじゃないぞ。自分の父親によくもこんなふうに」
ミシェルは娘じゃないだろうか。その娘に告発されたのかもしれない。もしくは被害者が同じ女性だからこそ、娘は父を許さなかったとか。

アンナは平穏な日常にしがみついている。夫が罪に問われて収監されても演劇の教室に通い、仕事をこなす。これまでと何も変わらないように。夫が罪を犯した。それは妻にとって対処できない状況なのかもしれない。だからこそ今までと変わらない日常を送ろうとする。

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だが、今までと何もかも同じでいられるわけもなく、息子家族に拒絶される。そして止めが家具の裏の封筒。そこに夫の犯罪の証拠があったんだろう。(映画では封筒の中身は写されていない)無視し続けたものが想像ではなく目に入ってきて、目をそらせなくなる。

それでもアンナは夫にきっと家族が来ると妄想を語るが、夫本人に罪の意識がない事を知ってしまう。それがあの「お前もゆるすんじゃないぞ」あの台詞を聞いたアンナは、はじめて夫を拒絶する。次にいつ来るかわからないと。

自分の老後が狂ってしまった事をアンナは感じていたんだろう。それを抑えつけ見ぬふりをして日常に戻ろうとしていた。だが、日常は少しずつ崩れていた。だから猫を手放し、家族に接触しようとして拒絶される。打ち上げられたくじらを見に行き、自分と重ねてしまったのだろう。

演技の教室で、演技の途中で止まってしまったアンナを、仲間や先生は励ますが、周囲の反応も気にせず演技の教室から出てしまう。

妻、母、仕事の顔、趣味での顔、求められるものをこなしている方が楽な時がある。自分で考えなくてもすむ。どこかのコミュニティーに参加してる方が安心できる。不安を感じなくて済む。だが、それに慣れ過ぎてしまって、自分の事を後回しにしすぎたと気が付いたんじゃないのか。孤独になって自分と向き合った結果、見えてきたもの、それがともしびのような気がした。

ラストはエスカレーターが隣にあるにも関わらず、地下鉄の長い階段を自分の足でしっかり歩き、電車に乗り去っていくアンナで終わる。

いつも誰かを優先してきた我慢強いアンナ。自分以外の人に心の底では無関心だったアンナ。そうしていれば日常は穏やかに過ぎていくと思っていたアンナ。それが壊れた今、アンナの生き方はどう変わるのだろうか。

シャーロット・ランプリングから目が離せなかった。1つの動作、目線。何もかもシャーロットではなくアンナだった。しかもあの年齢で鍛えておられる気がする。体が若い。脱いだらすごいのよな感じ。長生きしていい作品を残してほしいな。