トマス・H・クック/夜の記憶

何が幸福感を奪うのか。を描ききった感じがした一冊。切なさを描かせたら、この人しか居ない気さえする。



◆制作
原題:Instruments of Night 2000年 アメリカ 文藝春秋

◆あらすじ
ミステリー作家ポールは悲劇の人だった。少年の頃、事故で両親をなくし、その直後、目の前で姉を惨殺された。彼は「恐怖」の描写を生業としたが、ある日、50年前の少女殺害事件の謎ときを依頼される。

それを機に“身の毛もよだつ”シーンが、ポールを執拗に苛みはじめた。

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50年前の事件、ポールの姉が亡くなった事件、そして、ポールが書くミステリーの3つの話が交錯する。その3つの話が、ポールの生き様を浮かび上がらせる。少年の頃、両親を失ったポール。そして、姉はポールの目の前で殺される。

姉を見殺しにしたポールは、自責の念に苛まれる。まだ少年だった。彼にはどうしようもない事だった。誰にも責められる事ではないけれど、一番許せないと感じてるのは彼自身。

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自分を責めている限りは、人とつながる事は出来ない。自分の内なる声を聞く事で精一杯で、人の声は耳に入らない。都会の片隅で、孤独に夜を過ごすポール。そんなポールが、生きる糧、自分の中の憎悪のはけ口にしたのがミステリー作家として物語を書く事。

何故、姉を助けられなかったのか。そういう自責の念がやがて犯人に対する憎悪に変化し、
それが自分への憎悪に変わる。他者を憎むのと自分を憎むのは、人を憎むという点では同じ。そういう心の安らぎをなくしたポールが辛い。

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そんなポールに50年前の事件の謎解きの依頼がきた。謎解きを始めた事で、忘れようと押さえ込もうとしていた記憶が再びピールを苛み始める。被害者で加害者の設定にした事で、自分を責める事が無理もない状況になってる。そして、それがますます辛い状況になる。

姉の優しさを、人の温かさを知っているポール。憎悪だけに生きるには温かさを知りすぎていて憎悪を忘れるには心の傷が深すぎる。

人の優しさを渇望しても、心の傷が深くつながる事は出来ず自分の中の残酷さを知ってしまった以上、同じ残酷さをもつ人を憎みきれない。

相反する激しい感情が、葛藤するのは辛くて痛くて切ない。人間には、誰でも残酷な一面がある。ポールだけではない。それが、恐ろしくもあり、悲しくもある。

読後感は、やっぱり切なかったな。だから好きなんだけど。