ヴァル・マクダーミド/壁に書かれた預言

わりと長文書きのマクダーミドの短編。短編で余計に好きになった。
◆制作
原題:Stranded 2008年 イギリス 集英社文庫

◆あらすじ
19の短編集。

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どれも楽しい。書き出すときりがないけど、ラストシーンがあまりに切ない「残念賞」子供らしい可愛さと家族の暖かさにほんわかする「サンタを殺した少女」恋愛が自分の生活を壊しそうだからと、相手を壊す「変身」

短編は、その作家の世界が凝縮される気がする。マクダーミドは大好きだけど、長編過ぎて読む前に面倒くさくなる。読み始めてしまえば気にはならないのだけど。そんなマクダーミドが短編なんて、どうなんだろう?とちょっと意地悪な期待をしてた。

この短編集を読んで、マクダーミドがもっと好きになった。短編、いいじゃん。長編はそれだけの字数がいる話なんだなと改めて思った。サラ・パレッキーがはしがきで、色とりどりの想像力の見本市のような一冊を作り上げたと書いていた。あまりにぴったり。作家さんはどの人も言葉の使い方がうますぎる。

●百夜と黒魔術
ロシアに住む医師のナターシャは、イングランドからきた医師のエリノアと恋に落ちた。だがエリノアには、イングランドに弁護士のクレアという彼女がいた。エリノアはクレアに精神的に服従するように仕向けられていて、別れる事も出来ずにいた。

そんな時、エリノアは治療の最中にHIVにかかってしまう。ナターシャに悲惨な最期は見せたくないとなくエリノア。クレアと離れられない彼女の気持ちが理解できて、ずっと耐えてきたナターシャ。会いたい。そばにいたい。二度と会えない。その気持ちが、じれったく切なく悲しい。最後にナターシャがクレアに復讐するのは怖いけど、好きな恋愛話。

●壁にかかれた預言
恋人に暴力を振るわれている。どうしていいかわからない。助けてください。相談する相手もいないのですとトイレの壁に書かれた事からはじまる。

そんな男は蹴飛ばせ。怪我をさせられないうちに別れなさい。見知らぬ人がそうアドバイスを書き込んだ。別れたいわけじゃないのです。助けて欲しいのです。彼は苦しんでいます。見捨てられません。愛してるのです。

カウンセリングを受けてみたらというアドバイスに彼女は従った。よくなってきたと。
ある日、女子大生の遺体が河で見つかったと新聞で報じられた。

よくある話なのかな。危険だと周りはわかっているが、渦中の彼女だけがわかってない。トラブルとか悩みの解決って、第三者の方が冷静に観れるだけによくわかるのかもしれないな。

●火祭り
毎年ある夜祭で、夫のデレクはたき火用に薪を組み上げる。土木技師のデレクは、仕事柄そういう事は得意。妻は毎年タフィー(お菓子)を売る。

今年はいつもの年より早く売れた。何故なら、夫に駆け落ちされた妻が、この事態をどう受け止めているか知りたくて、例年よりお客が殺到したのだ。

夫のデレクは薪をくみ上げた後、帰ってこなかった。警察に届けてはみたものの、夫は年下の金髪女性と不倫していたとわかって駆け落ちだろうという事になった。皆に同情される妻だが、彼女は違う事を思っている。

もし夫が薪を組む中心の小屋で彼女と会ったりしなければ、燃料になったりしなかったのにと。その周囲の同情と好奇心、彼女の気持ちが全然違ってるのが怖くて笑える。